団地ニュース 平成29年1月号

〜 迎春 〜

本年も宜しくお願いします。

平成29年 元旦

H29年1月号表紙写真.JPG 

  〓 真上から見る卸団地 〓

 


◆年頭のご挨拶◆

  佐世保卸団地協同組合 理事長 橘高克和

橘高理事長(年頭のご挨拶用).jpg 新年あけましておめでとうございます。組合員の皆様、そしてご家族や社員の皆様共々、お健やかに新年をお迎えになられた事とお慶び申し上げます。

 

 

 

 

「一年の振り返り」

 4月14日熊本県熊本地方で発生した熊本地震はその後も余震が続いております。被災された方々に改めて心よりお見舞い申し上げると同時に、1日も早い復興をお祈りいたします。また義援金を募ったところ、組合分と合わせて総額220万円となり、佐世保市を通じて寄付させていただきました。
 さて、昨年は番狂わせの事件が多かった様に思います。6月には大方の予想を覆し、英国がEUを離脱することになりました。11月には米国で事前のクリントン氏優勢予想とは逆にトランプ氏が大統領に選任されました。国内でもシャープが台湾の会社を選択するということを決定いたしました。また大相撲では大関豪栄道が番狂わせの初優勝を成し遂げました。地盤を狂わせたのが福岡市の地下鉄工事です。大都会の地盤沈下という災害にも関わらず、人命の被害がなかったということがせめてもの救いでした。
 スポーツ・文化面に目を向けますと、8月にリオデジャネイロで開催された夏季オリンピックでは、金メダル12個を含む41個のメダルを、パラリンピックでは、金メダルはありませんでしたが24個のメダルを獲得し、東京オリンピック・パラリンピックにつなぐことができました。
 昨年も生理学・医学賞部門で東京工業大学の大隈良典氏がノーベル賞を受賞されました。授賞理由は「細胞は、不足するタンパク質を自身の体内の不要なタンパク質を分解し、再利用している自食作用(オートファジー)という現象を世界で初めて肉眼で観察し、そのメカニズムを解き明かした」とのことです。
 そして当団地でも、浦山前理事長が氏の長年の生業に対する功績、佐世保経済に対する功績が認められ、黄綬褒章を受章されました。真に喜ばしくお祝いを申し上げます。


「組合の現状と今後」

 昨年は組合創立50周年でしたので、9月9日の田明氏による記念講演会、ご来賓をお招きしての記念式典・祝賀会をメインとして、様々な事業を実施致しました。佐世保市民文化ホールへのアンティーク置時計1台、壁掛け時計5台を寄贈したほか、機電部会・雑貨部会・繊維部会・食品部会・青年部への助成、太鼓錬成会・山登り同好会・夏祭りへの助成増額、スポーツ大会の賞品充実、備品の買い替えなど幅広く実施できました。組合員の皆様に少しでも喜んでいただけていたら幸いです。また第50回通常総会では、昨年までの3%配当に、記念配当という趣旨から2%上乗せし、5%出資配当を行うことが出来ました。そして中間決算によれば、本年度も順調な事業収入および遊休不動産の売却により、予算以上の収益となる見込みです。
 一方で団地内の建物の老朽化も目立ってきております。将来に向けての課題であると認識しております。また長崎県、佐世保市、金融機関の方々に外部委員として参加していただいて、未来戦略委員会Uの会議を実施し、様々な課題を解決していく所存です。さらには、(仮称)大塔台団地の建設も始まるのではないかと考えています。
 最後になりましたが、記念事業は3月まで実施しますので、皆様方のご参加をお願い申し上げ、本年が組合員皆様にとりまして素晴らしい年になりますことを祈念いたしまして新年のご挨拶といたします。

 


●米寿を迎えて●

  山二塗料産業梶@代表取締役会長 山下 由梨

山二塗料産業梶E会長・山下由梨.JPG 昨年、数え年で87才になり、誕生日の11月20日に二組から御祝いをして戴きましたが、何やら嬉しいのか嬉しくないのか、よくもこんな年まで…と何か複雑な気持ちになりました。戦前戦後の女学生で動員にも連れて行かれ、兵器を作る処へ行かされ、爆心地から2キロの処で被爆しましたが、怪我一つなく、その後も病気もなく過ごせた事、御先祖様の御加護と感謝致しております。
 私、主人と22才で何もできないまま結婚致しましたが、泣く様な事もなく…16年間主人は病中でしたが、その時も主人はきつかったでしょうけど、いつも優しく私をいたわってくれました。主人が病中ながらも私を幸せにしてくれたので、私は主人がしてくれた以上に優しくいたわりの気持ちで主人に接しました。病院にいる時も家にいる時もノート1ページの手紙を書き、主人もそれを讀むのが楽しみだからと云うもんですから、思いを込めて書きました。だから主人が亡くなった時は、ノートをお棺に入れてあげました。私も取っておきたいと云う思いはありましたけど…。
 話は変わりますが、会社の方も社長がきちっとして下さるので何も心配する事なく、やはりこの年迄元気で来られて有難く思います。未だ元気な間、一杯お世話をかけると思いますが、今後共よろしく御願い致します。感謝の心一杯です。

 


■古希を迎えて■

  椛蜍サ 代表取締役会長 井上 泉

椛蜍サ・井上泉会長.jpg 永年、親しくしていた自宅の隣人はご主人が亡くなり、自宅を売り払い、引っ越しされました。思えば40年程前、卸団地は福利厚生の一環として住宅団地の造成を計画しました。卸団地に隣接して卸団地ニュータウンを造成したのです。近所は皆、卸団地の若い社員達でした。酒を酌み交わしながらニュータウンの運営や卸団地の行く末について熱く語り合いました。現在はオールドタウンと化し、夫婦共に元気な家庭は少なくなって、家を売り払い、引っ越しされる方達が多くなりました。最近では「思えば遠くへ来たもんだ。」歌の一節を口ずさむようになってしまいました。とはいえ、夫婦共に元気で古希を迎えられたことを喜びたいと思っています。
 還暦の60歳で弟に社長を譲り、会長となって9年あまり。そろそろ息子に後を託して、第二の引退を決断する時が近づいたような気がしています。会長になって、やりたかった事はほとんどやれずじまいですが、引き続き、夢を追い続けていきたいと思っています。
 衰えていく体力を自覚しながらも、若い社員達に囲まれ、一緒に行動できる幸せ。そして、孫と一緒に遊べる幸せ。人生における平均健康寿命が近づく中、内にこもること無く行動していきたいと思っています。

 


★古希に思う★

  葛k 代表取締役社長 橘 克和

葛k・社長・橘克和(古希用).jpg 私は、団塊の世代の真ん中の昭和23年に4人兄弟の3番目として生まれました。現在は姉と私のみとなり、ちょっと寂しさを感じています。生まれた頃はいわゆる社会の再立ち上げに向けての戦後の混乱時期でありました。家でも学校でも「ほったらかし」で育った世代ではなかったでしょうか。今のような少子化の時代と違って、小中高ともクラスの数は多く、しかも1クラス60名くらいでしたから、先生方もとても一人一人の面倒は見られない状況だったと思います。のびのびと育ててもらったという意味では私にとって良かったのではないかと思っています。
 高校まで佐世保で生活して、大学入学と同時に上京しました。卒業後は商社勤務を8年経験した後に、葛kに入社して、現在に至っています。仕事をある程度覚えた頃の40歳になって、卸団地の創設に尽力された故松尾恒司さんにロータリークラブに入れていただき、人生街道のお導きをしていただいたと思います。その頃より卸団地の運営に関わるようになり、歴代の理事長を始め、先輩方にご指導を頂いてまいりました。現在理事長を務めさせていただいておりますが、改めて先輩諸氏に心から感謝申し上げる次第です。
 私達が若い頃に見た70歳の先輩方は本当にお歳を取られていると感じていました。「古希」というと古来稀なりと言われた時代と変わって、元気な内は世のお役に立つように頑張る時代になっているのではと思っています。自己管理をしっかりして体調を整え、大きく変化する時代に対応しつつ、今までの経験を若い人に伝える事も私たち世代の義務ではないかと思っています。
 今後も卸団地の健全運営に努め、自社の発展に邁進してまいります。どうぞ宜しくお願い致します。

 


▲古希を迎えて▲

  竃中インテック 会長 森川 契子

竃中インテック・会長・森川契子.jpg 「え!私が古希!?」…原稿依頼を受けて、数え年だとそうなるのかと戸惑いながらの納得でした。
 振り返りますと、昭和31年に父が企業を興し、その後、主人が社長職を譲り受けました。しかし、残念ながら若くして病気になり、私が社長職を引き受けることになりました。今のように女性が第一線で仕事する時代ではなく、仕事と育児の両立が私にできるのかと不安ばかりでした。
 昨年11月に、23年間担って参りました社長職を息子に譲りました。社長の目線で決裁することの難しさを直に感じながら押印している姿に、当時の自分と重なるところがあり、不安や希望など色々なことが交錯しております。ここまでこれたのも、お客様はもちろんのこと、卸団地の皆様のご指導、従業員の協力、家族の理解、支えがあってのことと感謝の気持ちで一杯です。息子には、会社・社員を守り、小さいながらも力強い会社へと成長していって欲しいと願うばかりです。
 私はここまで仕事中心に走り続けてきました。古希を迎え、気力、体力、気持ちはまだまだ若く、これからはもっと家族との時間や趣味の時間を持ち、有意義な時間を過ごしていきたいと思っているところです。卸団地の皆様には昭和48年に移転してきて以来、今日まで育てて頂いた事に心より感謝しております。「ありがとうございました」。今後とも今迄同様のご指導をよろしくお願いいたします。
 最後になりましたが、卸団地の皆様の今後益々のご健勝とご多幸をお祈り致します。